第十章
その頃のシロと天猫は、待ち合わせの場所の神社だった。今は駐車場になり、その隅で時間潰しだろう。昨夜、事務所から出る。その間際の話しを思い出していた。まあ、話しと行っても猫語と、幽霊が話しをしているような感じだ。もし、事務所の中を人が見たとしたら、二匹の猫が鳴いている。お腹が空いて、猫が食事でも催促している。そんな感じに思えるはずだ。
「鏡お兄ちゃん。大丈夫かな?」
それは、昨夜、二匹が事務所から出る時の、確認の為に聞いた内容を思い出し、本当に来てくれるか、その不安な気持ちを心の中でつぶやいたのだった。その気持ちはシロにも伝わったのか、それとも、同じ気持ちだったのだろう。
「ねね、本当に、二人は来るのでしょうね。鏡と静だったわね。大丈夫なの?」
突然に天猫が無言なり、それで不安になり、シロは問い掛けた。
「大丈夫だよ。鏡お兄ちゃんが話しをしてくれただろう」
「そうね。たしか」
シロは、天猫に、言われて、昨夜の事を思い出していた。それは、ハッキリと思い出せた。その人物が、自分の主と同じ様子だったので、忘れる事は出来なかった。
(天。もう、行動を開始するのか、まだ、早く無いか?)
(鏡お兄ちゃんが、まだ、駄目だと言うなら待つけど)
(あのう。どうやって、海さんと沙耶加さんを連れ出せるのですか?)
シロは不安と好奇心で胸が一杯だった。それで、問い掛ける事が出来なかった。それでも、主人の病気が治るかもしれない。そう思い。勇気を絞り出した。
(まあ、難しい事ではないぞ。普段の海に食事を食べさすのと同じ事をするだけだ)
(そうなのですか、出来たら教えてくれませんか?)
(まあ、海を自由には動かせる事は出来ないが、食事を食べさすように誘導する。簡単に言うなら、沙耶加さんの行動計画書みたいに、右の手で箸を持ちなさい、左の手にお椀を持ちなさい。箸を使い口に運ぶってね。まあ、私の場合は、体の神経に話しを掛ける。と言えば分かり安いかもなぁ。そのように自然と体を誘導するのだ)
二人は、今の記憶を一瞬で思い出した。それを思い出したからなのか、二人は和やかな気分になったのだろう。
「笑ってくれた。鏡お兄ちゃんも静お姉ちゃんも頼りになるから、大丈夫だよ。安心しろ」
「そうね。でも、何時頃に来るのかしら、その間、この場所で待ってないと行けないのよね。お腹が空いたらどうしますの?」
「うっ」
(そうだな、俺も思うが、まさか、事務所に帰れないし、シロの家に行ったら計画が駄目になる。まあ、俺なら何でも食べるが、姫様のように育った飼い猫では無理だろうなぁ)
「ねえ、ちゃんと計画あるのでしょう」
「うっ」
「あっ」
シロは驚きの声を上げてしまった。
「どうした。大声を上げるほど、空腹なのか?」
「まさか、何も考えてない。そのようなことは無いわよね?」
「もう少し待ってくれ必ず来る。その後ゆっくり食事をしよう」
「それで、いいわ」
天猫は、何とかシロを説得した。まあ、シロが一瞬の笑みを浮かべた事に、少しだが、不審を感じたが、静と鏡が、何処から来るのかと、周りに視線を向けて探すのに夢中で、それほど、深くは考えてはいなかった。
その頃、沙耶加と海は何をしているかと言うと、沙耶加は、公園の捜索を三十分で捜索しないと行けない。そう考え、かなり焦っていた。勿論だが、その理由は、海にあった。五キロの範囲の捜索する時間は三十分もあれば終わって帰って来るからだ。もし、二匹に会えば、時間はずれるだろうが、それでも、今の海なら生真面目だ。恐らく、いや、必ず三十分で帰って来るはずだからだ。
「ふっ、公園には居無いわね。何処に居るのかしら?」
探し終えた後だが、音がすると目線を向けて、シロとトラ猫かと探してしまう。
「それにしても、海さん。遅いわね」
ペンダント型の小さい懐中時計を見ると、三十分が過ぎようとしていた。それで、愚痴をこぼしてしまった。沙耶加は心配しているが、海は決められたように捜索をしていた。
(海、どうした。私の指示とは違うぞ)
鏡の言葉が聞こえても指示には従わないと思うが、それでも、鏡は、普段の食事を食べさせる時よりも、かなり真剣に指示を送っていた。何故、同じように行かないか、それには理由は分かっていたはずだった。
「ぶち猫を発見。二匹とは違う。再度、この道を進む」
(又か、左に行け)
何も思考してない時と、思考している時と違うからだ。それにだ、行動計画書が無くても、シロの家に向かう前回の行動計画書と同じように行動しようと思う思考と、沙耶加の指示を優先させようと、体が動くからだ。十歩くらい歩かせると、突然に、自分の思考した動きを示してしまい。鏡はかなり、体を動かすのが面倒だった。
それでも、やっと、天と待ち合わせの神社の近くにきた。
「鏡お兄ちゃんだ。静お姉ちゃんが居無い。まさか、一人で来たの。二人でないと意味がないのは分かっているはずなのに、何を考えているのだ」
二匹の猫には分からないだろうが、鏡は、心底から疲れ、やっと連れてきたのだ。
「天、言いたい事は分かる。もう少し待っていてくれないか」
天の冷たい視線を感じて、二匹には伝わらないのが分かっているが、つぶやいてしまった。そして、また、鏡は驚きを感じたのだった。
(ん、どうした)
海が、二匹を視線に捕らえると、立ち止まってしまったからだ。
「二匹を発見。三つの指示がある。一つ、三十分で沙耶加の所に帰る。二つ、二匹が、どこに向かうか調べなくてはならない。だが、動いていない。三つ、出会った場合全てを無視して、沙耶加の所に帰らないとならない。どうすれば良いのか、遺言書では、遺言?」
海は、思案をしている。と言うよりも、まるで、驚きの余りに、脳内が混乱状態で、思考判断が出来ない状態だった。
(何を言っているのだ)
鏡は、必死に、海の身体を動かそうとしていた。
「如何すれば、良いか、遺言、遺言」
その時、何かが切れたような不気味な音が響いた。
「三つの指示を同時に進める。その為には後五分間の間に、この場所の全てを記憶して行動すれば、時間の通り公園に着くことが出来る」
先ほどの音は、海の脳内の血管が切れた音のようだ。何本も切れて、強制的に繋がったように感じられた。その後、写真機でも手に持っているかのように、周りの景色や二匹の猫を写真にでも撮っているかのような行動を始めた。そして、五分後、何も無かったかのように、元来た道を歩き始めた。
「うわああ。静お姉ちゃんが居無い。如何しよう、鏡お兄ちゃんだけでは、如何しようもないぞ。どうしよう。でも、何故、一人で来たのだろう」
「あの男、帰って行くわよ」
シロは不審そうに問い掛けた。
「え,何故?」
「ねえ。これから、如何するの?」
「もう少し待ってくれ、静お姉ちゃんを連れてくる為に帰ったはずだよ」
「そう、でも、お腹が空いてきた。朝って言うか夜から居るのよ」
「分かっていますよ。だから、もう少し待ってくれ」
「そう言うなら待つけど、まさか、昼にはならないわよね」
「そうだな」
二匹が居るのは、神社の像。分かり安く言えば、狛犬のような像と思ってくれれば分かるだろう。だが、雨や風などで、何の像なのか分からなくなっていた。それでも、四足で座っているのが分かる。恐らく、動物だと分かるだけだ。だが、二体あるのだが、その二体は同じ時に作られたとは思えなかった。片方が、酷い位に状態が悪いからだ。もしかすると、一体だけは、守り像か、御神体だったのが、建物もなにも無くなり。像だけが残った物を壊す事も出来ない為に、今の御神体の守り像として使われた。そう感じられる雰囲気だった。
「分かったわ。待っています」
天猫の話しを聞き終わると、海に視線を向けた。早く帰ってきて欲しいからだろうか、姿が見えなくなるまで、祈っているかのように見つめ続けた。
二匹の気持ちが分かるはずも無く、海は歩き続けた。そして、また、何故、そんな事が分かるのかと不審な言葉をつぶやく。その言葉とは
「待ち合わせの時間まで後、十五分だ。このままでは、十分遅れる」
海は、時計も、勿論、携帯も無い。なら、何処かの店などの時計を見た。そう思うだろうが、それは、無い。それでも、時間が分かった。それは、何故。そう思うだろう。普通なら分かるはずがないのだ。その答えは、自分の心臓の鼓動で時間が分かるのだ。信じられないと思うだろうが、常に心臓の鼓動を数えているのだ。十分で何回だから何分経った。そして、今は何時何分と分かるのだ。そして、つぶやいた時間。公園に予定の通りに十分の遅れで来る事が出来た。
「海さん。ここよ〜」
沙耶加は、嬉しそうに手を振って、自分が居る場所を教えた。
「遺言書。第一巻第一章、自分の過ちは素直に謝罪しなければならない。
沙耶加さん。済みません。十分遅れました」
「いいのよ。海さん。その位の時間なら遅れた事にならないわ。謝らないでいいの」
「はい。そう、記憶します。これからは、致しません」
「あっあ」
沙耶加は、海の返事で涙を浮かべた。それも、そうだろう。人としての温かみが感じられないからだ。心底から泣きたかったが、泣くと、海が悩むから堪えたに違いない。
「沙耶加さん?」
「何、何、如何したの。海さん」
沙耶加は、海が首をかしげるのを見て、微笑みを作った。
「指示された事の内容を聞かないのですか?」
「いいのよ。簡単に探し出せ無いのは分かっているから、気にしなくていいのよ」
「私は、指示された二匹を探し出しました」
「えっ、何処で、なら、そこに案内して下さい。直ぐに行きましょう」
「はい」
海は、後ろを振り向いた。だが、靴跡が綺麗に重なった。それを見て、沙耶加は
「あ」
(まあ、まさかね。今横を向いたのも、歩く速度も、行きと帰りの行動や目の視線、全てが、まったく同じなんてね。考え過ぎね。そこまで、人間離れして無いわね)
沙耶加は、靴跡だけで無く、海の仕草を見て驚きを感じていた。確かめられないが、行きと、今帰ってきた行動や仕草が、まったく同じように思えたからだ。